まわりの目が気になるときに意識すること


こんにちは
sora no niwa  まゆです


これからは、まわりと比べず、個、自分でいい。
みんな正解がちがうし、目指す目標もちがう。
これが正しい、間違っている、良い、悪いもない。

まわりが何と言おうと、これだと思うのならそれでいいのですが

やっぱりまわりが気になってしまう。。ということはあるかと思います。


私も子育ての仕事をしていて、子どもの関わりについて、プレッシャーを自分に与えていたときもありますし

どう思われているんだろう。と気になっていたこともありました。


というか、ふとしたときに気になることは出てきますし、まだ気になっていたんだな。と思うこともあるのですが

そういうときは「これすればいい」というのがあるので、そこに戻っています。


目の前の起こる現象というのは、自分の〝いま〟か〝過去〟の鏡。


内面がそのまま出るときもありますし
昔の自分が現れることもありますし

「本当はこうありたい」という、自分でも気づいていないような心の願いを叶えるため
新しい価値観、変化へ向かうために起こるときもあります。


「私、だめだなぁ」と、自分のことを責めていたら、責める人、否定する人が現れることがありますし

「甘やかしすぎかな」と迷えば、「その関わりはどうなの?」と言われることがあります。

「この行動よくない。それは間違っている」と思ったときに、自分のことを厳しくしていないかなと考えると、結構していたり。


「こうなりたいな」と思うと、そういうことを実践している人が気になったり、そうなるための情報が集まって

自分にやさしくなればなるほど、やさしい世界に出会えます。


あのとき、もっとこうすればよかったなと思うこと、自分が自分を許せると、ほかの人の経験や失敗を見守れるかもしれませんし

自分が泣くこと、怒ること、好きにすること、自分らしくあることにOKを出せば出すほど、子どもたちの言動を受けとめられるようになったりします。


まわりの人の言動は、自分を大事にすること、許すこと、信じること、新しい価値観を身につけること。
もっとラクに生きられることを、教えてくれているのかもしれません。

その瞬間は「もう無理!」ってなることもあるかもですが。笑

「人のふり見て、我がふり直す」ということもあるけれど、むしろ「人のふり見て、我がふり認める・許す」です♬


認めるのも許すのも、むずかしいことはいらなくて、自分の声を聞いていく。出して、出して、出していく。

できなくてOK、間違ってOK、そのままでOK。
認めてほしいよね。わかってほしいよね。どう思っているか気になるよね。

まわりが気になったときほど、変えようとしなくても、自分が思っていることをそのまま理解するでいいのだと思います。



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